作文を書けば、
記述力が
つきますか?

作文を書けば記述力がつくって言われたけど、本当なの?

学校の宿題に出すような(片付け仕事の)作文でいいの?

そもそも作文の書き方がわからないんですけど……。
  
続ける自信がないんですけど……。
 
ヒツジミクです。

スズコク押しです。

梅雨ですけど、雨はあまり降りませんね~。

あなたは、雨は好きですか?

それとも、きらいですか?
私は、下の紫色の部分のような「作文」はできます。

私はヒツジをつれて歩いています。


すると、「ヒツジをペットにしているのですね!なぜですか?」ってよく聞かれます。
 
イヌやネコをペットにしている人には「なぜイヌ(あるいはネコを)をペットにしているのですか?」という質問は向けられないと思います。
 
この質問の前提には、「ペットは、イヌやネコだ。」という固定観念があるように思います。
 
でも、試験問題の記述とかは、はっきり言って、あんまりいい点数が取れません。まして、要約とか、小論文になるとお手上げに近いと言えます。

ですから、「記述力はどうすればつくの?」という質問は、私自身にとっても切実なものです。

 
 鈴木さん!
 
鈴木アバターさーん!

記述力はどうすればつくのですか?

作文をすれば記述力がつくのですか?

どんな作文を書けばよいのですか?

 
あっ! はっ、はい!、

鈴木アバターです。

電話による営業攻勢がうるさいので、「うるさい! いらぬおせっかい! 仕事の邪魔だ!」と怒鳴り倒して電話を切ったところです。

もう冷静になっていますので、大丈夫です。

さっそくお答えしましょう。

images
1「作文を書けば、記述力がつきますか?」という質問に答える形でお答えします。
ただ作文を書いても、記述力はつきません。

記述力をつけるためには、論理的に説明する作文の練習をすべきです。

これは、ある問題について答えを導くことを目的とし、そのための論理過程を示す作文です。

たとえていえば、数学の式のようなものです。

記述力というのは、論理的な説明のことですから、後者の説明的な作文の練習が必要です。

仮に自分は小説家になりたいという人がいたとしましょう。

あるいは詩人になりたいという人がいたとしましょう。

その人こそ、後者の説明文的な作文の勉強を徹底的にすべきでしょう。

詩や小説を書く場合には、物事や人物の行動・気持ちの観察が必要ですが、この観察とはただ目に映るものを見ることではなく、論理の力で本質を洞察することだからです。

また、小説や詩が、あるテーマを描き出すように構成するのも論理力だからです。

自分の使う表現技法が適切・有効なものであるのかを判断するのも論理力だからです。

もっと根本的な着想すら、その作家の全経験を総合し抽象化する論理の問題であると思われるからです。
 
2 話をつづけます。

    では、そのような論理的な作文の力をつけるには何をすればよいのでしょうか。
① まず、論理的な文章の書き写しをするのがよいでしょう。
 
② 次に、論理的な文章の要約をするのがよいでしょう。
 
③ 第三に、論理的な文章の論旨を踏まえ、自分で具体例をあげて、筆者の論理を展開してみるとよいでしょう。

ちなみに、②と③は、入試などの小論文の基本要素をなすものです。
 
④ 第四に、論理的な文章の論拠を踏まえた上で、これに賛成する論理と反対する論理を展開してみるとよいでしょう。

下のリンクボタンから②③④の具体例を見てください。
3 話をつづけます。
①②は、他人の文章を前提にする点では基本的にはすべて人まねです。

③は具体例を自分で考える点ではオリジナルです。

④の賛成論も反対論も論自体はオリジナルです。

しかし、③も④も、他人の文章の論旨を正確に把握することを前提とする点ではやはり人まねとも言えます。

「学ぶ」とは「まねぶ」(古語)ことであり、人まねから出発するといえます。

たとえば、ピアノなどを習うときに、初めから自分の思い通りに弾くなどということは出来るものではありません。

まず先生の「まね」から入り、それを無数に積み重ねていくうちに、自分らしい演奏ができるようになるのでしょう。

文章だってそれと同じで、でたらめを書くよりも、しっかりした文章を暗記するほどまねるところから出発した方が、確かな力をつけることになるのです。

ですから、作文力のない人に「自由に書きましょう」などというのは、「でたらめを書きましょう」というのに等しいわけです。

4 話をつづけます。
では、論理をきたえると感情がなく冷たい人になるのでしょうか。情感豊かな文章は書けなくなるのでしょうか。

論理(理性)と感情が競合するものであれば、この論は成り立ちますが、両者は本来領域を異にするものであって、どちらかが成り立てばどちらかが否定されるというような矛盾関係にはありません。

ですから、たとえば、ファーブルの観察や実験は極めて論理的ですが、文章には独特の詩情や愛情が感じられるわけです。

また、ナサの宇宙科学者故カール・セーガン博士は「コスモス」(1980年初版)の中で「星屑が星について考える」と人間存在についての深い洞察を詩情豊かに述べていますが、宇宙論という論理が詩的であることすら示しているといえるでしょう。

つまり、論理は冷たいなどというのは根拠のあるものではありません。

それに、最近の脳科学では論理をつかさどる理性と決断や意欲をつかさどる感情は相互に協力的な働きをするともいわれています。茂木健一郎先生もそのような趣旨のことを述べられていました。

逆に、感情ばかりの人というものがいるとすれば、その人とは、勉強・仕事・政治・経済などの論理が絡む話は一切出来ないことになります。その人は社会生活困難ということになるではないでしょうか。

というわけで、記述力をつけようと思うなら論理的な文章を書く修業から始めるべきです。


今回はここまでです。
鈴木国語の授業を
体験してみませんか?

一回の授業をまるごと
他の生徒たちと
同じ内容・待遇で
受けることができます。

無料です。
ご安心ください。
ただほど安いものはないだけです。

鈴木国語研究所
新宿区高田馬場1-26-12 404
営業時間 12:00-22:00
事務受付 12:00-16:00 相談など随時受付
定休日 :土・日・祝日も休みません。
 5月と8月にそれぞれ5日程度の休みを頂きます。
 暮れと正月に3日程度の休みを頂きます。
 病気・葬儀等で休む場合には、授業料を
 お返しします。
TEL.03-6278-9648
鈴木国語研究所